復刻・過去の掲載– category –
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復刻版・-群像-いわきの誉れ
-群像- いわきの誉れ「俳人 内藤露沾」
藩政追われ名句残す 松尾芭蕉らと親交深める 内藤露沾の句碑=久之浜 市内の風景を詠んだ歌とともに、各所に句碑も残されている内藤露沾(義英)は、明暦元(1655)年、風虎(義概)の次男として江戸桜田邸に生まれた。 父、風虎は、若い時から和歌... -
復刻版・-群像-いわきの誉れ
-群像- いわきの誉れ「元『昌平黌』理事長 田久 孝翁」
教育と福祉に“猛進” 山岡荘八の薫陶受ける 田久孝翁像、左は田久の筆による「大義成大和」の石碑=東日本国際大学 田久孝翁は、「東日本国際大学」「いわき短期大学」などの学校法人、「太陽の里いわき」などを運営する社会福祉法人と、一代で2つの「... -
復刻版・-群像-いわきの誉れ
-群像- いわきの誉れ「篤志家 小田吉次」
炭鉱経営で立身出世 豪快な気性、社会にも奉仕 小田吉次の胸像=好間町 小田吉次は明治14(1881)年、京野新蔵の5男として、秋田県秋田市で生まれた。 翌年、伯父・小田政太郎の養子になり小田姓を名乗ったが、家は貧しく、10代のころから養父ととも... -
復刻版・-群像-いわきの誉れ
-群像- いわきの誉れ「泉藩主 本多忠籌」
質素倹約で財政再建 老中として幕政にも参画 赤玉本多=泉町、泉西公園 本多忠籌は1739(元文4)年、江戸に生まれた。 父忠如(ただゆき)は、遠江国(静岡県)相良藩主を務めていたが、忠籌が八歳の時、泉藩への国替えを命ぜられる。これにかかる費... -
復刻版・-群像-いわきの誉れ
-群像- いわきの誉れ「第四代福島県知事 木村守江」
公共投資で基礎築く 気さくな人柄、対話も重視 木村守江の像=四倉町、楽寿荘 1964四(昭和39)年から4期12年にわたり、県知事として福島発展の基礎を築いた木村守江。 高度経済成長期のただ中、県内の道路網をはじめインフラ整備を強力に推進。 「... -
復刻版・-群像-いわきの誉れ
-群像- いわきの誉れ「第2代いわき市長 田畑金光」
市の基礎施策次々に 「市民意識の一体化」図る 田畑金光=中岡町、田畑クリニック 4年前の4月、肺炎のため99歳で他界した田畑金光。第2代いわき市長として3期12年にわたり、地域の発展に貢献した。 時代は、日本が高度経済成長から低成長に転換した... -
復刻版・-群像-いわきの誉れ
-群像- いわきの誉れ「経済学者 櫛田民蔵」
マルクス研究の先駆者 社会運動家に思想的影響も 1922年ベルリン留学時の櫛田民蔵= 社会主義協会出版局『櫛田民蔵全集第一巻』から 明治から大正、昭和初期にかけては「大正デモクラシー」と呼ばれ、日本が民主主義へと政治的な変革を遂げた時期。 ... -
復刻版・-群像-いわきの誉れ
-群像- いわきの誉れ「政治家 古川傳一」
〝悲願〟鮫川堰を復活 企業誘致などでも手腕発揮 古川傳一=東田町、出羽神社 古川傳一は1887(明治20)年、植田村(現・植田町)に生まれた。 父親は、後に鮫川村長(現・同) などを務めた古川徳三郎。家系は日本酒などの醸造業を営み、傳一も大学...